多摩けいざい
特集 多摩のうごきを知る
多摩地域における酒造り
2022年7月29日
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小澤酒造の敷地内にある「CAFE 雫」多摩地域の酒造りが盛り上がりを見せている。多摩地域には、東京に9つある酒蔵のうち8つが存在しており、また日本酒以外の酒造りも盛んである。特に、近年人気が高いクラフトビールの醸造所数は年々増加している。今回の特集では、各事業者へのインタビューから多摩地域における酒造りを通じた地域活性化への取組みを明らかにする。
豊かな多摩の酒造り文化
日本の酒造りの歴史は、日本酒抜きに語ることはできない。多摩地域においてもそれは同様で、多摩川や秋川など澄んだ水が豊富にあったことや、都心部と比べ多少気温が低かったことなど酒造りに適した条件が揃っており、日本酒造りが盛んに行われてきた。戦前には、多摩地域に29の酒蔵が存在しており※、古くから酒蔵と地域の関わりは強く、酒造業は地域の経済を支えるとともに、地域コミュニティをつなぐ役割も担ってきた。
その後、時代が進むにつれて人々のライフスタイルは変化し、ビールや焼酎、ウイスキーなど、新たな酒文化が次々と誕生した。多摩地域でも様々な酒造りが行われるようになり、当研究所の調査によると、2022年7月現在、多摩地域内で酒造りを行っている事業者は27か所にも上る(2ページ図参照)。
長年地域の酒文化を牽引してきた多摩地域の酒蔵では、代々の歴史を受け継ぎながらも、同時に時代環境の変化に合わせた新たな挑戦を続けている。例えば、石川酒造と小澤酒造では、地域に密着した酒造りと事業の多角化を通じて、多摩地域の持続的な発展に貢献している。
石川酒造株式会社 -「酒飲みのテーマパーク」から地域のハブへ
1863年創業の石川酒造は、福生市で日本酒「多満自慢」のほか、「多摩の恵」などのクラフトビールの製造を行っている。昔から酒造業を営む家は、地主や名家として地域の中で重要な役割を担っていることが多く、石川家もその一つであった。13代目の当主が日本酒造りを始める以前から、農家を営む傍ら住民と幕府の間に立って問題を解決する役目を請け負ったり、寺子屋を開いたりするなど、地域と強いつながりを持っていた。
現在、18代目当主である石川彌八郎氏が代表を務める同社では、日本酒の消費量の減少を受け、1998年から敷地内一帯を「酒飲みのテーマパーク」にしようと、クラフトビールの製造・販売とレストランや売店の経営を相次いで始めた。コロナ禍で打撃も受けたが、石川氏は常に先を見据えた戦略を練っている。2020年には、敷地内に新たに宿泊施設「ゲストハウス酒坊」をオープンさせたほか、福生市の大多摩ハムとの企業提携を発表し、現在石川氏は同社の社長も務めている。味と品質に定評がある地元のブランド同士の提携により、地域の食文化を継承し、発展させていきたいとの考えである。
さらに、今年6月にはワイン造りが可能となる酒造免許を新たに取得し、今後はワインの製造に向けて本格的に動き始める。石川氏の構想の根底には、以前視察で訪れたヨーロッパのビール醸造所で目にした光景がある。醸造所に併設されたレストランや庭園には、観光客だけでなく地元の人も集い、醸造者が地域のハブとなっていた。石川氏は、「私たちも、地域に大きな影響を与える酒造でありたいです。そのためには、地域のコミュニティ形成の核を担う場となることが、これからも石川酒造がこの場所で存続する意義なのではないかと思っています」と語る。
小澤酒造株式会社 -観光資源を見直し、国内外へ「東京の地酒」をPR
青梅市の小澤酒造は1702年に創業し、代表銘柄である「澤乃井」をはじめとしたこだわりの日本酒造りを行っている。現在は、2019年に後を継いだ23代目当主の小澤幹夫氏が代表を務める。
日本酒に限らず酒類市場全体が縮小傾向にあることについて、小澤氏は趣味や嗜好の多様化を一つの要因として捉えている。今後は、嗜好品としての位置付けがより強まることで、さらに狭く深くなる市場に見合った製品の開発に力を入れていくつもりだという。また、近年の酒類市場では輸出金額の増加が著しく、この先もさらなる成長が見込まれている。同社では、海外における日本酒の人気に目を向け、海外への販路開拓を進めると同時に、国内における日本酒の価値向上も目指している。
1960年代から酒蔵見学や周辺の観光施設の整備などにいち早く取り組んできた同社では、以前はバスツアーの団体客が多く訪れるなど、観光地としても栄えてきた。しかし時代とともに団体客は大きく減少し、近年では個人で訪れる人が増えるなど、大きな変化に直面している。小澤氏は、こうした観光の在り方を時代に合わせた形に刷新していく必要性を強く感じており、昨年にはレストランの宴会用スペースを改造し、新たにカフェをオープンするなど改革を進めている。地域と連携した取組みとして、今秋には他の酒造とともにJR青梅線の地酒列車ツアーに協力する予定だ。
「私たちの日本酒造りへの信念は、昔も今も変わりません。これからは、『東京の地酒』をキーワードに、国内外での更なる認知を目指し、PR方法や観光施設の見直しなど新たな見せ方や伝え方を探っていきたいです」と小澤氏。多摩地域の歴史ある酒蔵は、これからも形を変えながら、地域の中で輝き続ける。
※ 國府田宏行(1986)「多摩の酒造り」『多摩のあゆみ』第44号 pp.2-11.