多摩けいざい

特集 多摩のうごきを知る

多摩モノレール20年の歩み

2019年7月25日

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 今回の特集では、2018年11月に開業20周年を迎えた多摩モノレールにスポットを当てます。モノレールの計画段階から現在に至るまでの歴史を過去の資料やデータで振り返るとともに、今後の取組みについて迫っていきます。

(多摩都市モノレールへの詳細なインタビュー内容は、こちらからご覧いただけます。)

多摩モノレールの歩み


計画から開業まで

 モノレール計画が動き始めたのは、今から40年以上前に遡ります。東京都が1974~76年度にかけて実施した「新交通システムに関する基礎的調査」において、多摩地域の公共交通機関の不足に対処するため、中量軌道システムの導入が有力な手段の一つであると述べられました。これを受け、東京都は1979年より「多摩地域都市モノレール等基本計画調査」を実施、1981年に報告書が公表されました。この報告書では、「南北方向の公共交通機関の不足を補うとともに、立川基地跡地、多摩ニュータウン、八王子、秋留台等を結び、自立的都市圏域の形成に向けて地域内相互の有機的連携を図る」との方針が掲げられ、全長約93kmに及ぶ環状のモノレールの検討路線図が示されました(図1参照)。この時示された検討路線は、現在もモノレールの全体構想として生きています。

図1 多摩モノレール検討路線図

(出所)東京都「多摩地域都市モノレール等基本計画調査(概要報告)」

 その後、1982年に、モノレール計画が東京都長期計画の中に位置づけられ、翌年には国庫補助事業として採択されます。1986年には、多摩都市モノレール株式会社が設立され、1990年から建設工事が着工。そして、1998年には「立川北~上北台」駅間が、2000年には「多摩センター~立川北」駅間が開業に至りました。

開業から現在まで

 順調に開業を迎えたかに思えた多摩モノレールですが、その後は苦しい時代が続きます。乗車人員は順調に増えていたものの、車両基地の用地取得などの初期投資に伴う借入金の利息負担が重く、赤字経営が続きます。2003年には債務超過に陥り、累積損失は最大242億円まで拡大しました。しかし、2008年に「経営安定化計画」を策定し、東京都からの増資受入れによる債務の繰上げ返済や、債務の株式化等によって、利息負担額を圧縮。その結果、2008年度決算では開業後初の経常黒字を達成しました。その後の経営は安定し、2012年には累計利用者数が5億人を突破。2018年11月には開業20周年を迎え、それに伴い各種記念事業を実施しています。

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